らんぼ~流 山屋の視点
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 おいおい、本当に泣いてるの?
 ごめんなさい。泣いてます。
 参ったな。真弓って、このくらいで泣く女の子だったっけ。
 そう言われると、泣いたのって久しぶり。ちょっと、眼の発作がおさまるまで待ってください。
 ――もう、大丈夫かい?
 はい。びっくりしちゃった。最初の涙は本物だったんですよ。でもその後の涙はいわゆるびっくり泣きですね。自分が泣いてることに驚いて涙が止まらなくなっちゃった。
 もう笑ってもいいのかな?
 うん。でも、泣かしたのは先輩なんですよ。
 わかってる。謝罪する。――ごめんね。
 はい。でも、最近涙もろくなってきたなあ。涙まで流したのは今日が初めてだけど、目頭が熱くなったりするのしょっちゅうだもの。以前は少しくらい悲しくても泣かなかったんですよ。泣いた記憶はティンクが殺されたときからこっち全然ないから・・・。
 真弓さんも年を取ったってことじゃない?
 もう。また、泣きますよ。
 ごめんごめん。
 きっと涙もろくなったのは、先輩と付き合うようになったからだわ。時期が符合してるもん。
 それは、僕が意地悪だってことかい?
 うーん。確かにそれもあるけど、涙もろくなったっていうのは、わたしの方の変化かな?
 ・・・なるほど。そうか。
 え? 何が、そうか、なんですか?
 OK。真弓さん、慰めてあげよう。
 今さら遅いです。でも、まあ、ついでだから、優しくしてもらおうかな?
 現金な子だなあ。――わかった。じゃあ、どういう方法で慰めて欲しい? 優しい言葉? それとも真弓が好きな難しい話?
 両方。
 欲張りだなあ。じゃあ、いくよ。――真弓の泣いた顔、すごく可愛いよ。
 それが優しい言葉?
 そのつもりだけど。
 それってわたしと先輩が恋人じゃなかったら、セクハラ発言ですよ。
 そうなの?
 うん。男の上司がOLに「髪、切ったね」って言うだけで、セクハラだって問題にされる時代なんですから。
 面倒な時代だなあ。でも、弁解させてもらえれば、そんなつもりは全然なかった。
 わかってます。だけど、月並みだわ。
 むう・・・。優しい言葉は苦手だ。
 じゃあ、得意な言葉で慰めてください。
 わかった。真弓さんはどうして人が泣くか、その理由がわかるかい?
 悲しいからに決まってます。嬉し涙っていうのもあるけど・・・とにかく心が動かされたときです。
 それは理由じゃなくて原因だ。僕が真弓に質問してるのは、人が泣く生物学的な理由だよ。
 ええっ? そんな理由があるんですか?
 僕が考える仮説だけどね。さっきの真弓の言葉で思い付いたばかりの仮説。
 わあ、教えてください。
 とりあえず、慰めるっていう目的は達したみたいだね。
 うん。話がこれでおしまいじゃなかったらね。
 ちゃんと続けるよ。じゃあ、涙という分泌物が持つ生物学的な存在意義は何でしょう?
 え? うーん。目にゴミが入ったときにそれを洗い流すため。それから・・・目の粘膜の乾燥を防ぐため。
 そうだ。涙には殺菌能力も認められてるから、要約すると、目という感覚器の正常な機能を維持することにある。これが生物学的に見たときの涙の存在意義だ。じゃあ、どうして特別必要もないのに心理的な原因で人は大量の涙を流すんだろう?
 ええ・・・うーん。わかんない。理由なんてあるのかなあ?
 じゃあ、少し視点を変えようか? 人は・・・そうだね、特に女性は恋をすると綺麗になるっていうよね。
 うん。実際すごく変わりますよ。睦美とか、すっごく綺麗になったと思いませんか? 菅原君と付き合い始めてから。
 へえ、あいつら、付き合ってんだ。全然、知らなかった。
 だと思った。里見先輩って、そういうこと全然無頓着だもん。菅原君と睦美のこと、民研の中で知らないのは先輩くらいのものですよ。
 悪かったね。他人の色恋沙汰に目聡い男の方がいいかい?
 ううん。今のままでいいです。
 だろ? じゃあ、話を戻そうか。ああ、そうだ、他にも民研の中で付き合ってる連中がいたら、後で教えてくれる? こないだ、菅原たちの邪魔しちゃったから。そのときは睦美ちゃんがどうしてつんけんしてんだろうって思ったけど、ようやくその理由がわかった。
 あはは、なるほどね。恋の機微に疎いのも、一種の罪悪ってわけだ。わかりました。現在、民研ではあと二組、カップルができてるんですよ。
 そんなにかい? ふうん。じゃあ、のちほど、御教授お願いします。――さて、ここで問題。生物学的に見ても、恋愛によって女性は本当に美しくなるのかな?
 それは違うんじゃないかなあ? 単純におしゃれになったり、仕草が可愛くなったりするだけのような気がするけど。でも、睦美を見てたら、髪とかすごく艶っぽくなったような感じもするし・・・。
 真弓も付き合い始めた頃より、すごく綺麗になったよ。お世辞じゃなくて。
 本当ですか? 良かった。・・・それはもちろん、先輩の前じゃ可愛く見えるように努力してるつもりだけど。
 演技してるの?
 うん。当然ですよ。だって、もっと好きになって欲しいもの。
 手の内ばらしちゃう女の子も珍しいね。
 里見先輩は理解があると思ってますから。それに、わたし個人は、お化粧って上手じゃないから、あんまりしないけど、綺麗になろうって努力してる女の子って好きなんです。自然体で振る舞ってる女の子を悪いとは言わないけど、逆に自然体に見せることで男の子にアピールしてると思うのね。それよりはお化粧したり香水つけたりして、はっきりと努力してる子の方が自分や相手の心に素直だと思う。
 なるほどね。その考えには賛成しよう。でも、真弓は僕と付き合い始めて、シャンプーとか替えたりした?
 ううん。どうして?
 睦美ちゃんだけじゃなくて、お前の髪だって綺麗になったよ。
 お世辞じゃない?
 もちろん。
 わあ、そうかなあ? 自分じゃあんまり実感ないけど。
 それは間違いのない観察的事象だ。じゃあ、どうして、仕草や言葉遣いだけじゃなくて、肉体的にもそうした変化が起こるんだろうね?
 うーん。科学的に根拠があるの?
 あるよ。女性はね、恋をすることによって、子供を作るための生物的な肉体機構が作動し始める。エストロゲンなんかの女性ホルモンの分泌が多くなるんだ。そうなることによって、女の子は恋をすると綺麗になるんだよ。肌に張りが出たり、髪が艶っぽくなったり、生理不順が治ったりする。
 そうなんだ。知らなかった。
 人間の身体は本当に神秘的だね。さて、そして、女性ホルモンの作用は瞳にも影響を与える。普段よりも綺麗に輝き出すんだね。光をより多く反射するようになるんだ。つまり、目の乾燥を防ぐために常時少しずつ分泌されてる涙の量が恋をする前より増えてくる。
 そんなことまで起こるんですか?
 そうだよ。さて、ここで本題に戻ろう。心理的な原因によって、何故人はあのように大量の涙を流すのか? もう、わかるんじゃない?
 ええと、つまり、目を輝かすため?
 多分、そうだよ。目というのは顔の中で最も目立つ部分だ。その目立つ部分を輝かせる、あるいは頬に溢れるほどの涙を分泌させる。本来目立つ部分をそうやってさらに目立たせることで他の個体の気を引こうとするんだろうね。人にもある種のフェロモンがあるという学者もいるけど、人間の身体には言葉や仕草に頼らずに情報を伝達しようとするシステムが先天的に備わっている。目を光らせる、つまり涙を流すというのは、他の個体に自分の姿を印象づけるため、あるいは優しくしてもらうために行われるんだと思うよ。
 そうか・・・。
 だから、真弓は僕と出会ってから涙もろくなったんだ。すぐそばに僕がいるから、以前は我慢できていた悲しい出来事にも涙を流すようになったんだよ。つまり、心理的な原因で流される涙は、助けて欲しいと、あるいは抱きしめて欲しいと、他人や好きな人に自分の気持ちを伝えるメッセージなんだよ。
 うーん。何か打算的でやだけど・・・。里見先輩はそう思いませんか?
 思わない。人間の身体のそうした仕組みは意識しているかどうかだけの問題で、それを除けば、さっき真弓が言ってた化粧をすることと同じだ。人間の心身の仕組みを一般の人より知っている生物学者や心理学者だって異性を愛するようになる。そのように遺伝子に仕組まれているとわかってはいてもね。そのくらい人間の身体と精神の関係は巧妙に出来ているんだよ。
 うん。別に気にしなくていいんですね。
 当たり前だろ。じゃあ、もう一度言おうか。
 え?
 真弓の泣いた顔って、すごく可愛いよ。
 ――ありがとう。

 ねえ、幸福になるためにはどうしたらいいと思う?
 それは一般的な話かい? それとも、僕と真弓の将来について?
 一般的な幸福論です。
 それなら答えは決まっている。一言で言えば、理性的価値観の放棄だ。
 あー、面倒くさがってるでしょう? わたしとお話しするの嫌いになったの?
 いいや。そうじゃないけど、今、真弓が呈示してるのは、掘り下げれば幾つでも解答が見つかる問題だよ。それに対して最も普遍的で強固な解答を示したつもりだけど。
 やっぱり、面倒なんじゃないですか。もう・・・先輩の意見は要するに人間が人間であることをやめたらいいと言ってるんですね。わからなくはないけど、厭世的(ペシミステック)な考えだわ。
 じゃあ、厭世的、かつ、建設的な考え方ならどうだい?
 そういう考え方があるんですか?
 ないこともない。
 わあ、面白そう。聞かせてください。
 OK。じゃあ、真弓は『サラダ記念日』って知ってるかい?
 うん。七月六日。
 あはは。そういうリアクションが返ってくるとは思わなかった。
 ちょっぴり気の利いた答えでしょ? ノーマルな返事を付加(アペンド)すれば、先輩の期待してたのは「俵万智さんの歌集でしょ」ですね。
 うん。・・・ああ、久々のヒットだった。まだ、笑いが止まらないよ。その通り、俵万智の歌集なんだけどさ、その中にこういう歌があるの知ってるかな? 「泣いている我に驚く我もいて――」
 んと・・・「恋は静かに終わろうとする」ですね。
 そうそう。僕には短歌の良し悪しなんてわからないけど、泣いている自分に驚いているもう一人の自分っていうのはよくわかる。自らの境遇に感情を昂ぶらせることもなく、理性的で冷静な判断をしている自分っていうのかな。
 うん。わたしの中にもいますよ。そういう自分。
 僕はその人格をね、「超人的人格」って名付けようと思う。
 超人って、ニーチェの思想の?
 いいや。関係ない。僕の言う超人的人格っていうのは、要するに自分の感情とは隔絶された視点を持つ人格のことだ。
 ああ、そういうことですか。納得しました。
 うん。人が泣いたり笑ったりするのは、感情がそうさせるわけだろ? 同様に不幸を感じるのも、感情的な人格がそうさせてると僕は思う。
 なるほどね。
 では、自我が超人的人格に完全に支配されたらどうかと言えば、これもちょっといただけないよね。幸福にはなれるかも知れないけれど、以前話した共感する能力のない自己中心的な人間になってしまうから。もちろん、感情的人格に完全に支配されても、そうした悲劇は起こるわけだけどさ。
 うん。わかります。
 じゃあ、そうした自分の中のすべての人格を統合すればどうかな?
 あ、それなら、上手くいくかも知れません。
 だろう? そうしたことが可能かどうかは別にして、これが厭世的、かつ、建設的な考え方の幸福なるための方策だ。
 うーん。何だか上手く丸め込まれたような気もするけど・・・でも、もしそうなれたら素敵ですよね。現実を無視した感情に左右されず、かつ、自己の利益を度外視して周囲のものに慈悲を垂れる。先輩はニーチェと関係ないと言ったけど、そうやって統合された人間はまさしく「超人」じゃないですか。自分と外界に対して最も良い選択肢を選べる完成された人間なわけだもの。
 現実的ではないけどね。真弓さんは気に入ったみたいだけど。
 うん。気に入りました。でも、不可能なことなのかなあ? 人間をやめることよりやさしいと思うけど。多重人格の治療も最終的には分裂したそれぞれの人格を統合させるわけでしょう? まだまだ確実な治療法は見つかってないけど、でもその方法が発見されれば、先輩の言う超人的人格との統合にも応用できるんじゃないかなあ?
 確かにそうなるといいね。
 うん。最近、ダークな方向に進む会話が多かったから、何だか新鮮。久しぶりにハッピーエンドなお話だったわ。
 幸福についての話だったからね。幸福に終始(ハッピーエンド)するのは当然だよ。

 何を憮然とした顔してるの?
 え? 考えさせられる映画だったなあって。
 二流のホラー映画で?
 そんなふうに言われたら話が続かなくなっちゃう。
 じゃあ、撤回しよう。
 うん。あのね、映画の中に出てきた悪魔ってさ、最初はすごく強そうだったじゃない? 人間の力じゃ到底太刀打ち出来そうにないくらい。
 うん。でも、最後は何だか拍子抜けしたよね。(しょ)っぱなに風呂敷広げすぎたって感じだったなあ。大体、人間界における神と悪魔の戦争って設定が無理なんだよ。
 同感。でもね、途中から負け戦だってわかってて、それでも悪魔の側についていった人がいたでしょ?
 ああ、あの悪魔の片腕みたいな。
 そう。滅ぶってわかってて、それでも最後まで運命をともにしようとした。それも理性的に。
 理性的かどうかはわからないけど、確かに操られてたって感じじゃなかったね。自分の意思でついていってた。
 うん。わたし、それを見ていて東洋的だなあって思ったの。一度主従関係を結んだ以上、一緒に地獄まで堕ちようって覚悟を決めてたでしょう? それも自分の中の倫理道徳に照らし合わせて、悪いのは悪魔の方だって気がついてたのに。それに最後の方では主人である悪魔に対して同情とか憐憫の情をみせてた。あくまで従者として付き従ってたけど、内面では立場が逆転してたよね。
 なるほど。そう言われれば、確かに東洋的な感情かも知れないな。
 でも、今日観た映画は洋画でしょ。だから、滅びゆくものにそういう感情を抱くのは、もしかしたら人類共通のものなのかなあって、そう思ったの。
 真弓も語るようになったなあ。確かに現代人の裡には滅びに対する憧憬みたいなものがあると僕も思うよ。そんなふうに考えるとさ、人は一体どこに行くつもりなんだろうって思うよね。
 うん。わたしもそう思う。ね、内容はつまんなかったけど、考えさせられる映画だったでしょう?
 真弓の鑑賞の視点が特別なだけだと思うけど。
 そうかしら? より多くのものを吸収してるって言ってよ。
 わかりました。次回からはそうしよう。
 もう、また馬鹿にしてるでしょう。――そうだ。ねえ、先輩? さっきの話だけど、先輩は人はどこに行こうとしてると思う?
 ・・・また、面倒なことを問題にする。
 ねえ、当然、先輩なら考えたことあるんでしょう?
 ない。
 絶対、嘘。仮にも洗礼を受けた神の子がそういう態度とってもいいんですか?
 真弓の「ねえ?」は脅迫に近いな。ったく、わかったよ。じゃあ、質問に質問を返すようで悪いけど、真弓はヒトと他の動物の違いは何だと思う?
 自省的意識の有無。
 打てば響くような返事だね。
 うん。そのくらいは考えたことあるもの。稚拙な言葉がつっかえながら返ってくると思ってました?
 思ってた。二本足で歩くようになって、そして、大脳が肥大して・・・道具を使えるようになった、とかさ。思いっきり遠回りするだろうと思ってた。
 残念でした。わたしだって、いろいろ考えてるんですよ。合格点もらえました?
 八〇点ってとこだね。「自省的意識の有無」っていう答えから、もう少し考えを進めてごらん。
 ええ? まだ、この先があるんですか?
 僕はあると思うよ。そして、その考えこそが生物としての人間の未来像を考える上で必要な前提となる。いや、人間のというよりは生命の未来像だな。
 うーん。何だろう? 人が文明を生み出すことによって、コンピュータが世界を支配する。生み出される新たな生命体は・・・ターミネーター?
 考えることを放棄してるだろ?
 だって、全然見当がつかないんだもの。でも、意外に正解だったりしませんか?
 全然、違うね。点数をつければ、赤だ。
 ・・・赤点?
 そう。いいかい、真弓の考える人間は自省的意識を持った初めての生命だ。確かに他の動物とは決定的に違う。つまり、それはどういうことだい?
 う・・・。わかりません。
 言葉を思い付かないだけだと思うけどね。意識を持つということは自我を持つということだ。そして、自我を持つということは、ヒトが「個」の生物だってことを指してるんだよ。
 あ、そうか。じゃあ、他の動植物は「全」の生物だってことですね。
 うん。同じことを言ってるように思うだろうけど、ここがキーポイントね。つまり、「自省的意識の有無」を「個と全の相違」というふうに表現を変換させることによってある考えが見えてくるんだ。
 どういうことですか?
 いいかい? はるかな昔、太古の海で生命が生まれた。最近では深海の熱水鉱床で生まれたという説が有力だけど、とにかく母なる海で物質が生命に変化した。でも、その生命はとても不安定なものだった。おそらく物質と生命の間を行ったり来たりする「ゆらぎ」のようなものだったと思う。
 うん。それが?
 その生命は「個」かな? 「全」かな?
 え? あ、そうか。先輩の言いたいこと、何となくわかってきました。その生命は「個」です。自我は持ってないけど、一代限りで子孫を残せないから。
 そうだね。続けてみて。
 うん。えっと、その「個」の生命体が、あるとき、生命の鎖を生み出した。すなわち、それが遺伝子。
 ドラマティックな表現をするなあ。
 考える余裕が出てきたの。続けます?
 ああ、聞かせてもらおう。
 遺伝子を獲得することによって、うーん、それが同時期かどうかはわからないけれど、生命体は生殖手段を持つようになった。つまり、子孫を残せるようになった。「個」から「全」への進化。そして、その生命は母なる海から離れ、地球上のあらゆる場所に散らばった。やがて、その中から哺乳類が生まれ、そして、ヒトに進化した。ヒトはその知能によって地球を支配するほどの隆盛を見せるけれど、ここで不幸な先祖返りが起きてしまう。「全」から「個」へ。その高い知能故の先祖返り。
 かっこいいなあ。詩的でなかなかいいよ。最後の体言止めが光ってる。
 ふふっ、こんな感じで良かったですか?
 ああ、いいんじゃない。真弓が挙げなかったことと言えば、性の問題くらいかな。本来、個体である生物にとって雌雄という性の存在は極めて不利益なシステムだ。同族の中でも弱い個体は異性を獲得できなくて、子孫を残せないからね。そうした性の発生をみても、生物は「全」の存在であるよう運命づけられている。
 うんうん。テレビなんかで動物関係の番組を観ていても、牝を獲得しようとする牡同士の争いは熾烈ですもんね。ああいうの観てると可哀想にも思うけど、でも、女の立場から言わせてもらえば、ちょっぴり憧れちゃうなあ。・・・闘って奪い合いをしてもらえるなんて素敵だもの。女の本懐ってやつですね。
 僕は人間で良かったよ。
 ふふ、冗談です。安心して。どんなに強くっても暴力に訴える男の人は嫌いだから。
 ありがとう。ところで、真弓は『利己的な遺伝子』は読んだかい?
 うん。リチャード・ドーキンスでしょ。生協の書籍部で買いました。まだ、ぱらぱらって目を通しただけだけど。
 それじゃあ、読んだうちには入らないな。しょうがない、少し解説しながら話していこうか。その理論を使えば「個と全の相違」の問題がさらに理解しやすくなる。彼の唱える理論の概要はこうだよ。自分の命を危険にさらしてまで他の個体を救うような生物の利他的な行動は、実はその種族の遺伝子を守るための遺伝子による利己的な行動である。
 そのくらいは知ってます。
 OK。個体のそうした行動は遺伝子による遺伝子のためのプログラムだから、彼は生物を遺伝子の乗り物に喩えたんだね。すなわち、生物は遺伝子のための生存機械であると。それがいわゆる「生物=生存機械論」だ。そうなると、生命の主人公は個体ではなくなるよね。本当の主人公は、その個体に乗った種の遺伝子だ。そして、究極を言えば、すべての生物が生きている目的は自分の子孫を残すためではなく、主人公である種の遺伝子を残すことだ。種の遺伝子、すなわち、それが僕の言う「全」なんだよ。そして、自我を持たない生命は完全にその「全」の支配下にある。だから、ヒトを除いたすべての生命が「全」の存在だと僕は考えてるわけだ。
 うん。異論はありません。
 さて、ここでヒトが登場する。ヒトも他の生物と同じように遺伝子を持つ動物だけど、自我という特殊な意識を持ってしまった。真弓はそのことを「不幸な先祖返り」って言ったけど、まさしくそうだね。不幸だよ。人間が自我を持ってしまったのは、遺伝子のプログラムのバグだね。それも必然的に生まれた回避不可能なバグだ。
 バグか・・・。言いたいことはわかるけど、あんまり好きな言い方じゃないなあ。
 そうだね。だけど、たぶん、それが事実だ。もともと、ヒトの遺伝子が脳を発達させたのは、乗り物に自我を与えたかったわけじゃない。これもドーキンスの言葉だけど、人の脳がここまで発達した理由は生存の機会を増やすためだ。より多くの個体に遺伝子を守らせるためにね。そうやって、本来、危険を回避するためのシミュレータとして脳は発達させられたんだよ。危険を回避する方法をいちいち自分の肉体を使って試していたら命が幾つあっても足りないだろう? だから、頭の中で行動をシミュレートして、その結果を予測し、それから実際に行動に移すようにしたんだ。おそらく、これは生き残るための最善策だよ。事実、人間はその高度な知能を使って疫病や災害を封じ込め、食料の生産を効率化した。だから、科学が発達してきた近世になって、急激に人口が増えたんだね。それに関しては、遺伝子のプログラムは期待以上の効果をあげたと言っていいだろう。
 うん。そう思います。昔はペストなんかが流行したら、人口の半分が死滅したなんて言うから。
 そうだね。まあ、今でもエイズやエボラ出血熱なんかの新種のウイルスが発見されてるから、疫病の恐怖がなくなったわけじゃないけどさ。エボラ天然痘なんていう生物兵器も開発されてるって話だし。
 エボラ天然痘って、その名の通り?
 そうだよ。エボラウイルスと天然痘ウイルスの悪質な部分を掛け合わせて作られたウイルスだ。エボラ熱の殺傷力と天然痘の強大な感染能力を併せ持つ遺伝子工学の生んだ悪魔。
 もおっ! どこの誰だか知らないけど、どうしてそんな馬鹿なことするのかなあ? 
 僕に怒らないでくれるかな。あくまで噂だよ。本当に作られてるかどうか、その真偽は不明だ。でも、まあ、真弓の怒りの疑問に答えると、そういうことをするのも人間が「個」の生物だからだよ。さあ、話を元に戻そうか。
 うん・・・。
 なかなか怒りがおさまらないみたいだね。
 大丈夫です。もう、平気。・・・モードを切り替えましたから、話を続けてください。
 わかった。そういうふうに脳はヒトという種の遺伝子が繁栄するために創られたわけだけど、その高度に発達した器官は必然的に自省的意識、つまり、自我を生み出すことになった。すなわち、「個」が芽生えたんだ。生物という「全」の性質を持つハードの中に無理矢理インストールされた「個」という名前のソフト。考えただけでもぞっとするよね。致命的な、そして、回避不可能なバグだよ。それ故に人間は苦しむようになる。何故なら自我は遺伝しないからね。いくら子孫を残しても、自分自身は消えてしまう。だけど、いったん芽生えた「個」の意識は何とかして消えないように足掻くんだ。その足掻きが殺人ウイルスを作り出すような人間の愚行を生むんだと思う。自分の生きた足跡を後世に残そうとしたり、死後の生を伝道する宗教に走ったり、使い切れないほどの財を求めたり・・・。
 うん・・・。そうなのかも知れないなあ。偶然が味方してたとはいっても、ラスコーリニコフは完全犯罪を実現したでしょう? だけど、結局自白しちゃう。確かにソーニャの勧めもあったかも知れないけど、わたしはこう思うの。彼は自分の犯罪を世に知らしめることで、自分の虚栄心を満足させたかったんじゃないかって。たとえ牢獄に繋がれてその後の人生を棒に振ることになったとしても、たった一瞬、虚栄心を満たすために人は生きることができる。自我を満足させるために自分の肉体を犠牲にすることができる。煙草とかドラッグをするのもそうかも知れない。自殺行為とはわかっていても、瞬間の快楽を得ることを選択する。でも、それは本当の意味での自殺じゃないんですね。
 そうだよ。自殺をする生物なんてこの世に存在しない。人間の自殺は見せかけの自殺だ。「全」の肉体を持っているとは言うものの、人間の本体はあくまで「個」である自我だからね。自我のために人を殺し、自我のために自分を殺す。自我が生きていくために自分の肉体を滅ぼすんだから、真弓の言うように人間は本当の意味で自殺をしているわけじゃない。以前、人は進化することを恐れてるんだって一緒に考えたよね。人が精神の進化を恐れるのも、人が「個」の生物だからだと思う。自我の進化は変化と同義だ。そして、意識は変化することに「死」の匂いを感じている。自分が自分でなくなってゆくという死の匂い。――さて、あんまり気分のいい話じゃないから、そろそろ締めようか。真弓は人間はどこに行くんだろうと思う?
 滅び・・・ですか?
 そうだね。当たっているかも知れない。・・・時代が進んで個人が見直されるようになった。個人の権利、基本的人権。教育も個性を育てることを重視している。だけど、現代という時代は「個」であることを自覚させるだけで、「個」で生きていくための術を教えることは放棄している。本来そんなものは人から教わることじゃないけれど、学ぶべき情報の量が大きな負担となっている今、自分で考える能力を人はどんどん失っている。自分を振り返る機会もどんどん奪われている。まるで末期癌の告知をして、そのまま病院を放り出すようなものだよ。科学がこれほど発達していなかった昔は、宗教が人を支配していた。人の心を安んじていた。だけど、天動説が否定され、宗教改革が行われて、宗教の語る真実は人の心を癒す力を失った。神の子としての血縁を断たれた人類は、言わばこの広い宇宙の迷子だ。そうして人間は泣き叫びながら今も、自分の居場所を求めて彷徨っている。死の宣告を受けたまま見捨てられた人類は確かに真弓の言うように自分から滅びに向かっているのかも知れない。だけど、そこまで、人間は愚かではないと信じたいね。
 うん。わたしもそう信じたい。
 それがいいよ。未来を良い方向に信じること、それが生きる希望ってやつだ。よし、じゃあ、最後に生命はどこに向かっているんだろう?
 え? 人間以外の?
 いいや、ヒトを含めたすべての生命だ。
 うーん。もう、考える気力がなくなっちゃった。
 あはは。あんまりいい話じゃなかったから、さすがの真弓さんもギブアップしたのかい? 確かに、いい加減疲れちゃったね。こういうマイナスの思考は脳内のエネルギー効率が悪い。それじゃあ、生命の未来に対する僕なりの解答を言って終わりにしようか。まだ、聞く元気はある?
 うん。搾りカスくらいだけど、何とか。
 OK。そうだね。・・・たぶん、歴史は繰り返される。原始の海に最初に生まれた「個」としての生命。それが「全」の性質を持つ生命に進化した。そして、その中から意識という名の「個」が生まれた。進化の歴史が繰り返されるとしたら、次に起こるのはその意識の「全」化。
 意識の・・・「全」化?
 そう。それがすべての生命が目指す究極の進化形だと僕は思う。
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