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逃亡記(第1回)
 子どもの頃からそうだった。
 およそ「義務」とか「責任」と呼ばれるあらゆるものから逃げていた。
 逃げることで立ち向かった ――


 ■逃げる準備はできている
 金曜日の朝、僕はいつもより少しだけ早く起きる。
 そして、いつもより少しだけ早く駐車場に降り立ち、その日必要となるであろういくつかの装備を点検する。
 「シュラフよし、ストーブよし、ライトよし」
 もとより準備はできている。
 中古で購入した4WDに積みっぱなしにしてある大型のツールボックスには、いついかなる状況下でも野営できるだけの装備が普段から詰め込まれている。
 それでも事前に装備の有無を確認するのは、行為本来の目的よりも僕の個人的な嗜好によるところが大きい。
 率直に言うと、僕はオタクと称される人間である。つまり、ある種の要素なり属性なりを持ったモノに目がないのだ。一般的に認知されているオタクの場合、その属性とはいわゆる「妹属性」や「ツンデレ属性」になるのだが、僕の場合はちと違う。
 では、どういったものがオタクである僕の心の琴線に響くのか ―― そう聞かれると、答えに窮するのだが、キーワードをあげていくとするなら、それは「汎用」であり、「特化」であり、「強靭」であり、かつ「軽量コンパクト」である。また、それは「軍用」であり、「迷彩色」であり、「防水防塵」であり、ときに「耐衝撃」である。さらに、それは「全天候型」であり、「暗視機能付」であり、しかも「毛布12枚分の保温力」を備えていたりする。そして、それは往々にして「男のロマン」であり、「職人の技」であり、ごく稀に「シャア専用」である。
 具体例をあげれば、極限まで軽量化を図ったガスストーブや、幾層にも織り重ねられ鍛造されたダマスカス縞の冴えわたる狩猟刀、夏場の炎天下の車内でも5年もの長期保存が可能な非常用食料などがそれにあたるだろう。このような一連のモノを僕は「フフフ・・・」的アイテムと呼んでいる。
 それに何事も計画を立てている時間が一番楽しいものだ。月に一度あるかないかという貴重な週末連休の前日、出勤前に甘美な時を過ごしても罰は当たるまい。
 他にもここに書ききれないような雑多なアイテムをひととおり確認し終えると、僕はアパートの隣にあるコンビニの自販機でめったに買わない缶コーヒーを購入し、ドリンクホルダーに挿した。
 おもむろにイグニッションをまわす。
 部屋を出る前に見たインターネットの天気予報によると、今夜から明日にかけて九州地方は雲ひとつない晴天とのこと。その予報どおり、屋根つきの駐車場を飛び出すとフロントガラスの向こうに真っ青な早秋の空が広がっていた。
 文句のつけようのない「逃亡日和」だ。
 僕は基本的に外回りの仕事をしている。
 午前中一番の訪問先での商談を終えると、次の目的地までの途中にあるドラッグストアに立ち寄ってバーボンウイスキーを購入する。午後は同様に隙を見て、食料を買い込むつもりだ。
 時間に余裕がないわけではない。仕事が終わってから一連の買い物をしてもよいし、もともと自宅から職場まで車で10分とかからないわけだから、一度帰宅してから準備を整えても何も問題はないのだ。
 だが、これはただの遊びではない。
 「逃亡」である。
 逃亡が逃亡として成立するためには、普段と何ら変わらぬ社会生活の中で、世間を欺き、法の下をかいくぐり、ついでに上司の目もかいくぐり、ゲリラ的かつ可及的速やかに準備を行う必要がある。
 道具の準備だけではない。
 いつだって僕は逃げてきた。
 逃げを打ちつつ、立ち向かってきた。
 常在戦場、常在山中だ。
 ―― もとより、心の準備もできている。

 今回の逃亡先は、久住南登山口のそばの駐車場だ。
 ちょうど、くじゅう花公園と道路を挟んだ場所である。
 時刻は午後8時を少しまわったところ。すでに陽が落ちてから時間がたっているので、駐車場には他の車影は見当たらない。同じ久住の登山口でも、牧ノ戸や長者原の駐車場には前日泊の登山客が結構いたりするのだが、ここはいたって静かなものである。
 フラッシュライトを片手に周囲の様子を見てまわると、一昨年の台風で傾いだ道路沿いの樹木がずいぶんと元通りにされているのがわかった。その年の秋にここを訪れたときには、目に入る街路樹のほとんど全部が根元からなぎ倒されていたり、途中から真っ二つに折られていたりと手酷いダメージを受けていたのだ。あのときは登山道も風倒木であちこちが塞がれていた。山の中でさえそうなのだから、風をまともに受けるこの場所に植えられた若い樹木などひとたまりもなかったろう。
 今夜も風が強くなりそうであった。外気もかなり下がってきていたので、僕はあっさりと幕営をあきらめ、当初の予定どおり車中泊をすることにした。
 車中泊の準備は簡単である。
 僕は助手席の足元にあらかじめ用意しておいたバスマットを敷くと、靴を脱いで助手席に移った。狭苦しい軽乗用車の車内でも、窮屈な靴の戒めから足先を解放するだけでずいぶんと寛いだ気持ちになれるものだ。
 次にダッシュボードの上にあるバーにマウンテンバイク用の白色LEDライトを取り付け、その先端にカメラのフィルムケースを差し込んでやる。こうすると、明かりをつけたときにきれいに散光して、ランタンのように車内全体をほどよく照らしだすのだ。
 この白色LEDライトの登場で夜のアウトドアシーンは一変したと言ってよかろう。以前は電池や燃料の節約のために一晩中明かりを点すなど考えられなかったと貧乏症の僕なんかは思うのだが、今ではテントの中で読書に耽るなど夜の楽しみ方が広がった。
 さらに単3電池で駆動するMP3プレイヤーに、これまた単3電池で動く小型のスピーカを接続する。電池はすべてエネループだ。この電池は自然放電による消耗が少なく、充電池につきもののメモリー効果も僅かというので、普段から愛用している。
 照明と音楽のセッティングを終えると、僕は早速食事の支度を始めた。食事と言っても、コンビニで弁当とお茶を買ってきているから、することといえばバーボンのお湯割りを作ることくらいである。僕は助手席のドアを細く開けると、すぐ下の地面にガスストーブと水の入ったコッヘルを置いた。ドアの隙間から入り込む夜気はかなり冷たくなっている。車の中で湯を沸かしたいところだが、そうすると水蒸気でそこらじゅう水びたしになってしまう。それでなくとも、朝には呼気に含まれる水分のせいで本の書籍用紙がよれよれに波うつのだ。惨劇の要因となる行動は少しでも避けたほうが無難だろう。
 数分後、弁当をあらかた平らげる頃にはお湯が沸いていた。僕は保温のきくマグカップにお湯割りを作り、残った湯をテルモスに移すと、LEDのヘッドライトの明かりを頼りに読書を始めた。頭にヘッドライトをつけて本を読む姿は傍目から見ると、異様な格好に映るだろう。しかし、バーに取り付けたライトの明かりだけでは文字を読むのに心もとないから仕方がない。まあ、誰も見ている人がいないからできる芸当である。ちなみに読書には山中で使う夜間行動用のヘッドライトではなく、光量の少ないそれを使用している。遠くまで光の届く強力なヘッドライトは、光源にLEDを使用しているとは言うものの電池が数時間しか持たないし、何よりまぶしすぎて目に痛い。アイテムオタクの性ゆえに今回持参した装備はライト類だけで5つある。女性を口説くためのムードづくり以外のことなら、いかなる状況下でも対処できるはずだ。
 酒を飲みながら本を読んでいると、何時の間にか午前0時をまわっていた。
 今回持ってきている本はこの日のために購入しておいた京極夏彦の最新刊である。氏の他著の例に漏れず、とても分厚い。最後まで読むには、あと3時間は余裕でかかりそうだった。
 「さてと・・・」
 僕はいったん本を閉じると、車外に出た。
 目の前には満天の星空を背景に久住山が月の光に照らされ蒼白い姿で横たわっている。僕は一度大きく伸びをしてから、荷台のツールボックスからシュラフを取り出し、限界までリクライニングさせた助手席のシートの上にそれを広げた。明日の朝、山の中に入るのならそろそろ眠ったほうがよいだろう。しかし、シュラフに入り、一度は目を閉じたものの、僕はもう少しだけ本の続きを読むことにした。
 今は逃亡中である。
 そして、逃亡者である僕は、今、限りなく自由な存在なのだ。
 たとえ、自分の立てた予定であっても、それに縛られるのは自由とは呼べない。
 登ってもよい。登らなくてもよい。
 すべては明日の朝に決めればよいことだ。
 僕はテルモスのお湯を使ってもう一度お湯割りを作ると、ヘッドランプの明かりを頼りに静かに文字を追い続けた ――
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