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城山(佐伯市)(登山口~独歩碑の道~城山~翠明の道 2009.8.14)
城山の登り口  盆休みに実家に帰省したついでに、佐伯市の城山に登ってきた。
 城山は僕が佐伯市で暮らしていたとき、日常的に登っていた山である。子どもの頃はもちろん、成人してからも、僕の生活の中に当たり前のように存在していた場所だ。
 しかし、大分市に転居してきてからというもの、めっきりと登る機会を失い、今回、実に10年ぶりの来訪となる。
 ちなみに今回は昨年10月に黒岩・泉水山登山(→2008年10月記事)に登場した山本隊員も現地で合流、参戦することとなった。

 ―― アタック当日。
 午前中に墓参りなど家の用事を済ませた僕は、12時過ぎに三の丸下の無料駐車場に車を入れた。
 山本隊員との合流予定時刻には30分以上余裕があるが、出発前に登山口周辺の撮影をしておきたかったのだ。
 10年足らずの時間で山そのものが姿を変えることはそうそうないが、登山口の周辺はかなり様変わりしていた。
 登山口に真新しい案内看板が立てられてあったり、手をかざすと頭の皿から水が出てくる奇妙な河童の銅像が備え付けられてあったり、観光案内所か何かと間違えそうな豪奢な造りの公衆トイレが建てられてあったりと、どちらかといえば、僕の趣向には沿わない変化の遂げ方をしている。逆に個人的に思い出深い文化会館などの施設は往時の姿そのままで、順調に老朽化が進み、まるで存在を忘れ去られたかようにひっそりとしていた。
 「なんだかなあ・・・」
 そうぼやきつつ、新旧の被写体をカメラにおさめた。
 写真を撮り歩きながら、昔の記憶を探っていると、突然、小学生の頃に話題になった「ある場所」のことを思い出した。
 そこは、城山の登り口から右手にある細い水路を越えて東斜面をある程度登ったところにあった場所で、ちょうど大きな樹木が根っこごと倒れた痕のような窪地であった。
 当時、そこは『乞食の家』と呼ばれていて、水気を吸ってボロボロになったダンボールやちびたローソク、それからそういう怪しげな場所にはお決まりアイテムのエロ本の切れ端やら、何故かわからないけれど自動車のプラグといったものが散らばっていた。
 今思えば、誰かの作った「基地」の残骸なのだろうが、当時、そこには乞食が棲んでいて夜になると戻ってくるといった、今でいう都市伝説のような話がまことしやかに囁かれていたのだ。
 さて、思い出したからには行ってみなければならない。
 しかし、子どものころと違って、さすがに周囲の人目が気になるのも事実。
 このへん、らんぼ~流も歳をとったものである(^^;
 それでも、登山口周辺に人がいなくなるのを見計らって、行動開始。
 難なく水路を越え、山肌に取り付く。
 ここまで来てしまえば、世間の冷たい視線も届くまい。
 ここから先はらんぼ~流全開で駆けあがる。
 今でも将来有望な悪童どもがたまに通ったりするのだろうか、斜面にはわずかに踏み跡がある。
 「こいつはもしかすると今でも・・・」
 と期待したのもつかの間、探索を開始して数分も経たないうちに、鉄製のフェンスに出くわした。
 「ぐはっ!」
 どうやら麓の民家の庭先に入り込ませないように新しく設置されたものらしい。
 「昔はこんなものなかったのにな・・・」
 僕はそうひとりごちた。
 僕たちが子どもの頃は、山の中で悪さをしていても、人様の敷地に入ったと気付くと、逃げるように方向転換したものだ。
 こんな無粋な防護柵などなくとも、昔はそうした精神的な結界のようなものが十分に機能していたものなのだが・・・。
 仕方がないので、即時撤収。
 山本隊員との約束の時間が近づいてきたので一度駐車場に戻ると、ちょうど彼の車が到着したところであった。
 合流後、予定通り山頂を目指すことにする。
 目指すといっても、山頂まではわずかな距離だ。
 ここはのんびりと行程を楽しみながら歩きたいものである。
 13時ちょうどに登山口を出発。
 登山口の大きな鳥居をくぐり、舗装道を1~2分進むと、『城山還原之碑』が建てられた広場がある。
 ここが3つのコースの分岐点だ。
 「さて、どのコースを行きますか?」と山本隊員。
 「今回はサイトでの紹介が目的なので、当然、Aコースを行きます」
 「独歩碑の道ですね」
 「いいや、Aコースです。昔はA、B、Cコースというシンプルな飾りっけのない名前だったでしょう。ったく、独歩碑の道とか、いつからそんな小洒落た名前を・・・ぶつぶつぶつ」
 と、思い出の地の明らかに劣化した変わりように内心憤慨していた僕は、山本隊員相手にひとしきり愚痴りながら懐かしい道を歩いた。
 城山の登山道はどれも整備が行き届いている。なかでも、このAコースはなだらかで歩きやすい。
 コースの途中、9合目には東屋のある広場があるが、東屋の位置が広場の少し奥まった場所にあるので普段はあまり利用されていない。

 13時20分、山頂に到着。
 登り着いた場所には古くからある独歩碑が立っている。
 『独歩碑の道』という名前はここから付いたのだろう。
 ここからの眺めは素晴らしく、旧市街地から佐伯湾に浮かぶ大入島まで一望できる。
 「いや、久しぶりに登ったけれど、やはり城山はいい山だな」
 僕は眼下に広がる街並みを見渡しながら、傍らの山本隊員に同意を求めた。
 「ええ、とてもよいですねえ」僕と同じく佐伯の人間である彼も郷土の山を称えた。
 「 ―― で、それはそうと、これは何なんだ?」
 僕は独歩碑の隣 ―― 少し離れた場所に立てられた真新しい金属製の立て札を指さして言った。
 立て札には『映画 釣りバカ日誌19 ロケ地』と書かれている。
 「これはあれですね。ここが『釣りバカ日誌』のロケに使われたという・・・」
 「そんなことはわかっとる。これはあれか、映画とかドラマとか萌えアニメとかに所縁のある場所を『聖地』とか称して町おこしをしようとする、例のあれなのか?」
 「まあ、有り体に言えばそうでしょう」
 「うーむ」僕は唸った。
 たしかに鷲宮町に代表されるような希有な成功例はある。
 しかし、釣りバカ日誌のファンにはロケ地を巡って喜ぶような素地はなかろう。
 まあ、人にはいろいろな性癖の持ち主がいるとは思うが・・・、少なくとも僕個人は西田敏行には萌えない(^^;
 一通り、景色を楽しんでから、本丸跡へ続く石段を登る。
 ここには小さなお社のようなものがあるが、どのような由来のものかは郷土史に疎いらんぼ~流には詳細不明だ。
 城山の山頂はこの本丸跡と二の丸跡、西の丸跡、そして北の丸跡という4つのブロックで構成されていて、麓からは想像できないほど広いつくりになっている。鶴谷城址の石垣の保存状態もすこぶるよく、さながら空中庭園の様相だ。
 さて、本丸跡の一番高い部分に到着した我々は、さほど疲れてはいなかったが、型通りの小休止をとった。
 今回は話題のノンアルコール・ビールで乾杯だ。
 本物のビールを飲みたいところだが、城山のような行程の短い山でアルコールを摂取してしまうと、帰りの車は飲酒運転になってしまうおそれがある。ここはぐっと我慢のらんぼ~流だ(^^;
 小休止の後、北の丸跡へ移動。
 ここの北端にある石垣の下からは登山道こそないが、北東に延びる尾根の上を歩いていくことができる。
 子どもの頃の記憶なのであまり定かではないが、養賢寺の裏を抜けて臼坪地区の方へ降りたこともあったはずだ。
 隣を歩く山本隊員にそんな思い出を話して聞かせながら石垣の下を覗くと、妙に明るく開けたような印象を受けた。
 不思議に思って、すぐそばにある「若宮の道」の降り口から件の石垣の下に回りこむと、何と新しく道が拓かれていた。
 「むおっ、道が出来とる・・・」
 尾根に生えた潅木を伐っただけの、ここに来るまでの歩きやすい城山の登山道とは比較にならないほどお粗末な道だが、かなり大規模にやってくれている。
 「とりあえず、行ってみるか・・・」
 試しに歩いてみること数分、道は途中で途絶えていた。
 ちょうど、なだらかな尾根筋が終わり、一度斜面が大きく切り込んで落ちていく手前の部分だ。
 「ここで終わりか? ずいぶんと諦めがいいな・・・」
 まあ、行政がやっているのならこの先の斜面も何なく切り拓いていくだろう。
 数年後、再びここまで来てみることにして、山頂へ戻る。
 その後、Cコース(翠明の道)の降り口がある西の丸跡へまわった。
 「それではそろそろ降りますか」
 「 ―― そうですね」
 ずいぶんと長い間山中にいたが、降り始めれば、ほんの10数分で登山口まで到達することができる。
 下山時刻は14時57分。
 さすがに歩き足りない気がするが、天候に恵まれたよい山行であった。
(文・山岡隊員 、写真及び写真説明・山岡隊員)
三の丸櫓門と佐伯文化会館 三の丸の石垣 城山登り口
三の丸下駐車場に到着 (12:15)
写真は三の丸櫓門と佐伯文化会館。
三の丸の石垣。
小学校の頃、登攀して遊んでいた(汗
城山登り口 (12:22)
写真右の奇妙な河童は水飲み場。
城山周辺の案内図 『城下町佐伯の昔と今』と書かれた案内板 佐伯文化会館
城山周辺の案内図。
初めて目にする代物である。
『城下町佐伯の昔と今』と書かれた案内板。こちらも最近設置されたものだろう。 佐伯文化会館 (12:30)
懐かしい場所だが、閑散としている。
「御下櫓」という名の公衆トイレ 登山口にある大鳥居 ガキの頃にあった「乞食の家」を見に行くことに
「御下櫓」という名の公衆トイレ。
豪奢な造り、・・・はっきり言って無駄だ。
登山口にある大鳥居。
この向こうが登山道である。
約束の時間まで少しあるので、ガキの頃にあった「乞食の家」を見に行くことに。
往来の切れ目を狙って山中へ 誰にも気付かれずに突入成功 ここから先は勝手知ったるフィールドだ
往来の切れ目を狙って山中へ (12:36)
さすがに人目をはばかる年頃なのだ(汗
誰にも気付かれずに突入成功。
振り返っても、人影は見当たらない。
ここから先は勝手知ったるフィールドだ。
らんぼ~流全開である(^^b
フェンスに阻まれる 改めて行軍を開始 佐伯ライオンズクラブ寄贈の杖置き場
フェンスに阻まれる。麓の民家を守るために新しく設置されたのだろう (12:39) 山本隊員と合流、改めて行軍を開始。
写真は3つのコースの分岐点 (13:05)
佐伯ライオンズクラブ寄贈の杖置き場。
独歩碑の道に入ってすぐの場所にある。
独歩碑の道の様子 山頂までの残り距離を示す道標も設置されている 九合目広場
独歩碑の道の様子。
よく手入れされていて登りやすい。
登山道の途中には、山頂までの残り距離を示す道標も設置されている。 九合目広場 (13:22)
あまり利用されていないが、東屋もある。
九合目広場を過ぎると、ほどなく山頂に到着する 山頂にある独歩碑 映画「釣りバカ日誌19」のロケ地の記念碑
九合目広場を過ぎると、ほどなく山頂に到着する。 山頂にある独歩碑 (13:25)
ここからの眺めはすこぶるよい(^^
映画「釣りバカ日誌19」のロケ地の記念碑。ま、まあ・・・一応、聖地ですから(汗
聖地からの眺め(その1) 聖地からの眺め(その2) 本丸跡へと延びる石段
聖地からの眺め(その1)
旧佐伯市の市街地が一望できる。
聖地からの眺め(その2)
佐伯湾の方向、写真左は大入島だ。
本丸跡へと延びる石段。
段数は50段もない。
本丸跡へ到着 本丸跡の中央に祀られている石碑 とりあえず、小休止
本丸跡へ到着 (13:30)
山頂の表記はないが、ここが一番高い。
本丸跡の中央に祀られている石碑。
毛利高棟がどうとか書いてある(汗
とりあえず、小休止。
今回は話題のノンアルコール飲料でw
頂上からの眺めを楽しむ親子連れ 山頂城址 山頂城址
頂上からの眺めを楽しむ親子連れ。
撮影に協力していただきました(^^;
山頂城址のスナップ。
風情があって、とてもよいところである。
同じく、山頂城址のワンカット。
この風格は素晴らしいの一言に尽きる。
「若宮の道」の下り口 北の丸跡 北の丸跡のベンチに腰を下ろし、物思いにふける山本隊員
休憩後、北の丸跡へ。写真は西麓の若宮八幡宮に続く「若宮の道」の下り口。 北の丸跡 (13:52)
新しい道標はどれも少し味気ない。
北の丸跡のベンチに腰を下ろし、物思いにふける山本隊員。そっとしておこうw
北の丸跡の北東端  石垣の下には新しく道が拓かれていた とりあえず、先に進んでみる
北の丸跡の北東端。ここから先が、かつてのらんぼ~流の縄張りだった(^^; ・・・縄張り、荒らされとるΣ( ̄□ ̄;
石垣の下には新しく道が拓かれていた。
以前は尾根道などなかったのに・・・。
とりあえず、先に進んでみる (13:56)
巨大なイボテングタケ シロオニタケの幼菌 シロオニタケの成菌
尾根道にはたくさんキノコが生えていた。写真は巨大なイボテングタケ。 ここでキノコの写真をまとめてみる。
まずはシロオニタケの幼菌。
こちらはシロオニタケの成菌。
食毒不明というが、挑戦する気はないw
ツバナシフミヅキタケか? イボタケ科の仲間と思われる 美しい模様のカワラタケ
ツバナシフミヅキタケか?
・・・キノコの同定は難しい(^^;
イボタケ科の仲間と思われるが・・・。
あまり自信はないw
美しい模様のカワラタケ。
抗がん作用があることで知られている。
ホウキタケの一種 尾根道、とりあえずの終点 「登城の道」の下り口
ホウキタケの一種。本物は可食だが、弱毒の類似種が多いので、注意を要する。 尾根道、とりあえずの終点 (14:04)
この先はまだ手を入れられてない。
気を取り直して、西の丸跡に移動する。
写真は「登城の道」の下り口。
西の丸跡にある独歩文学碑 西の丸跡から番匠川を望む 西の丸跡
西の丸跡にある独歩文学碑。
どこもかしこも独歩だらけである(^^;
西の丸跡から番匠川を望む。
豊かな清流は佐伯のもうひとつの宝だ。
西の丸跡 (14:27)
ここには四等三角点がある。
西の丸跡の南西端 オブジェに付けられていた道標 西の丸跡からの展望
西の丸跡の南西端。
枯れ木で作られたオブジェがある。
左の写真のオブジェに付けられていた道標。城山の高さ、初めて知りました(^^; 西の丸跡からの展望。
二本見える橋は佐伯大橋と新大橋。
西の丸跡にある高射砲跡 下山開始 「翠明の道」と「登城の道」との分岐点
西の丸跡にある高射砲跡。
ガキの頃、この中で焚火を・・・(反省
下山開始 (14:29)
復路は「翠明の道」を使うことにする。
「翠明の道」と「登城の道」との分岐点。
当然、右の道を選択する。
比較的急な坂道を10分ほど下りると、ベンチのある広場に着く 翠明の道の途中にある広場 広場から下はよく手入れされた階段が3つのコースの合流点まで続いている
比較的急な坂道を10分ほど下りると、ベンチのある広場に着く。 翠明の道の途中にある広場 (14:39)
ここではよく遊んだものだ・・・。
広場から下はよく手入れされた階段が3つのコースの合流点まで続いている。
石段が終わると、次は立派な擬木段に変わる 3コースの合流点に到着 登山口に下山
石段が終わると、次は立派な擬木段に変わる。ここまでくれば、下界は近い。 3コースの合流点に到着 (14:42)
ここで再び小休止をとった。
登山口に下山 (14:57)
実に気持ちのよい山行であった(^^
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